はじめに
小説が好きだってことや、書いていることを人に言うと、次のような言葉が返ってきます(「すごいね」とか、そんなことも言われますが、それは除いて)。「どんな小説?」という問いで、それに私が「純文学だよ」と答えます。そして「純文学って、よく分からない。なんか難しそう。説明して」こんな感じです。まあ、こういうのって、飲みの場が相場ですが、ありますよね。もう何篇も聞かれることがあって、何度もその時なりの回答を用意しましたが、いつも同じだったわけではありません。どうしてって、それはね、たぶん「純文学」に明確な定義がないからです(と、私は思っています)。その時々に私が思うことを、私の経験で、私の言葉で、なんとか紡いできました。ですが、いったん、私の中でも、じっくり整理して、私の答えをここで出してみたいと思います。
さて、それでは本題。「純文学」とはいったいなんだろう。もちろん私見。私は、HARUはこう思う、こう考える。ということでしかありませんが、考察しました。
考察1
ひとつの、歴史ある、難しく、高尚なジャンルのことである。ただ、定義と言えば、……

一言で言えば、「深いもの」それは、そう思います。そして、内容は「身辺雑記を語る内省」がほとんどだと思っています(特に最近のはね)。話(筋、ストーリー)も、あるような、ないような、あまり楽しくないのが相場。大抵は一人称。
純文学とは、……自由文学。これは、どういうことと言うと、起承転結でなくてもOK。なぜなら自由だからです。それが許されるからです(と、思っています)。起起起結もしくは、転で、終わってもOK(だと思っているからです)。
とか、あとは出身で判断。五大文芸誌(文學界・新潮・群像・すばる・文藝)の新人賞出身、か、当然芥川賞を獲れば、またその候補作となれば、純文学だとされ、その作家は、純文学作家だと決定。あの賞は、そういうものだからです。※直木賞は別です。私はね、読めば感覚的にこれは純文学だと判断しますが、それでは説得力に欠けます。それはそう、圧倒的に純文学に振れた作品はありますが(それが一体どんなだって話ですが)、意外とね、多いのがグレーなところです。これ、映画のジャンルも様々ですよね「アクション」で「ミステリー」。「SF」で「コメディ」。を、どちらかと言えば「アクション」、「SF」って括りますが、簡単じゃないですよね。純文学も、それです。いや、そうするとね、説明が難しくなってきます。考察2で補填させて下さい。

テニスの王子様ってさ

スポーツ漫画というよりバトル漫画よね。
考察2
分類不可の、その他の領域(余白)のことである。下のイメージ図を確認下さい。五角形は、小説の枠です。小説には様々なジャンルがありますね。また外側の「〇〇本」っていうのは、これもある意味広義ではジャンルです。まあ、少し内側の分けとは別ですが、こうやって小説を説明してもいいですよね(「どんな本?」→「恋する本だよ!」で、いいと思うのですよ)。で、

キモは、純文学には囲い線がありません。括れない余白部分が「純文学」だというジャンル。まあ、別の言い方で「身辺雑記」というジャンルでもいいですが、それはつまらない。純(自由)文学は、もっと幅広いです。「身辺雑記」は否定的な表現で、つまならい小説に、私があてる言葉です。もちろん、めちゃくちゃ楽しい身辺雑記もありますよ!
で、私はコレ。要は、何と言えばよくわからないジャンル。定義がない。ということでもないのだけど、ああ、これはミステリーだ、SFだ。とか、そう簡単に括れない側にあるものを、もはやそう呼ぶべきだと思います。そう、自由文学! か、最も近くにいるもの。純文学は、基本、スタンダート、それは驕りかもしれませんが、意外とそう。余白に、ある(いる)のが、「純文学」どうでしょうか?……
まて、それって逃げじゃない?
そうかもしれませんね。でも、やはり難しい。さて、どうする……
純文学か大衆小説か
この説明がね、私はあまり好きではありませんでした。でも、そうなのかもしれません。昔から特異な文体はありました。内容もです。それに近年、ネタ(テーマ)が豊富に、そしてストーリーで魅了する様々な娯楽としてのジャンルが小説に生まれました。
だからさ、私が言いたいのはね、ハイブリットにまとめると、「純文学」の定義もないことはないと思いますが、意外とふわっとしていると思います。それに、勘違いしてはいけないのは、そこまで高尚なものじゃない。ということです。たしかに、アザーと比べると、ちょっと楽しくないのかもしれません(楽しさを理解するのが難しいのかもしれません)。でも、それは、それで、やはり文体で、内省で魂を抉ってくるものもあります。純文学は、楽しいよ。
提案
小説のジャンルをこれからはこう分けるのはどうだろうか、という話。
スタイル・ストーリー・テーマ※
文体(スタイル)を売りにするのか、ストーリー、それともネタ(テーマ)で勝負なのか、という提案です。で、純文学は、文体(スタイル)というジャンルにたぶん近い。模式図はこんな感じ。

でだ、小説って、ちゃんと①②③④の中にいると思うんですよね。逆にABCまでに振り切った小説って、そうそうない。何が言いたいかって、分けなんて、クソ喰らえだ!……という話。……なんというオチww
ま、この提案は置いておいてOKです。だけどさ、私がいいたいこと、何となく伝わっていますよね。ジャンルはあるかもしれないが、いいか悪いか、好きか嫌いか。シンプルな話なんです。ねえ、私はそう思いますけど、あなたはどう思います?
※告白すると、この提案をしたのは、私の大好きな作家「小川哲」によるものです。どこかの雑誌で、対談かインタビューで彼が語っていたことです。たぶん、この3つの分けだったと思うし、私はそう記憶しています。なので、ここの提案だけは、私の言葉じゃありませんが、私も賛成しています。でもね、そのうち皆の言葉になる。そう思う。きっと彼も、俺の提案だってことに固執しないはず。ただ皆で盛り上げていけばいい。私はね、そう思います。
どうでしたか? 「純文学」ってなんだろう。これね、意外と喋れるとネタになったと思います。なんたって、正解はない。でも、こういうふうに考える。ということに価値がある。それをね、この記事では提供できたのではないでしょうか。まぁ誰かに純文学について語る機会があった際、「ちなみにソースは?」なんて聞かれたら、このブログを紹介してあげてくださいww
コメント