『TUGUMI』紹介及び考察

小説

基本情報

基本情報

 1989年の文壇は、彼女、吉本ばななの年でした。1988年のデビュー作『キッチン』にはじまり、1989年はこの『TUGUMI』が年間売上1位となりました。前年の出版でしたが、『キッチン』は2位でした。また飛ぶ鳥を落とす勢いで、『キッチン』『TUGUMI』はすぐに映画化しています。そういえば最近でも『キッチン』に収録された『ムーンライト・シャドウ』が小松奈々で映画化されたことでも話題を呼びました。いいですよね、私は『TUGUMI』の次に『ムーンライト・シャドウ』が好きです。
 映画『TUGUMI』を演じたのは牧瀬里穂です。予告編はYouTubeでも簡単に視聴することができます。どうしても古い映像になりますが、とてもいいと思いました。3分もありませんので、よろしかったら、こちらから観て頂いてもいいと思います。

 さて本題、小説『TUGUMI』の話に戻ります。恋する本、読了目安時間は3時間半です。
 夏の本です。夏に読むべき本。たったひと夏の話。淡い、青春の話です。これはね、思い出すような青春じゃありません。こんな経験はありません。とにも、小説の成功、失敗は、主人公の魅力にかかっているとはよく言われることですが、その意味で、本作の主人公つぐみは、とにかく魅力的です。私は、夏になって、あの青春に触れたい、つぐみに会いたくなったら再読します。とてもステキな小説です。




簡単なあらすじ

病弱で生意気な美少女つぐみ。彼女と育った海辺の小さな町へ帰省した夏、まだ淡い夜のはじまりに、つぐみと私は、ふるさとの最後のひと夏をともにする少年に出会った――。
少女から大人へと移りゆく季節の、二度とかえらないきらめきを描く、切なく透明な物語

吉本ばなな『TUGUMI』中央文庫 背表紙より

 またこの小説には、語り手がいます。それは主人公「つぐみ」のいとこの「まりあ」です。ほかの主な登場人物は、姉の「陽子」に、ひと夏をともにする少年「恭一」です。本作では登場人物迷子になるようなことはありません。いつだって台風の目のように、その真ん中には魅力的な「つぐみ」がいます。

面白いと思うところ

 まず読みやすい! そして、とにかくつぐみが魅力的で、言葉のセンスも抜群です。ベストセラーとなったのは、ひとえに若者に刺さったのだと思います。今言葉で言えば、「エモい」。完全にそうです。だからじゃないですが、今、読んでも、全然色褪せていません。むしろ、よりいいのかもしれません。少しですが、抜粋します。

「うるせぇ、黙って聞いてろ。それで、食うものが本当になくなった時、あたしは平気でポチを殺して食えるような奴になりたい。もちろん、あとでそっと泣いたり、みんなのためにありがとう、ごめんねと墓を作ってやったり、骨のひとかけらをペンダントにしてずっと持ってたり、そんな半端な奴のことじゃなくて、できることなら後悔も、両親の呵責もなく、本当に平然として『ポチはうまかった』と言って笑えるような奴になりたい。ま、それはあくまでたとえだけどな」

吉本ばなな『TUGUMI』中央文庫p73

時々、不思議な夜がある。
少し空間がずれてしまったような、すべてのものがいっぺんに見えてしまいそうな夜だ。寝付かれずに聞き続ける柱時計のひびきと、天井に射してくる月光は、私がまだほんの小さかった頃と同じように闇を支配する。夜は永遠だ。そして、昔はもっとはるかに夜が永かったように思う。何かの匂いがかすかにする。それは多分、あまりかすかなので甘く感じる、別れの匂いなのだろう。

吉本ばなな『TUGUMI』中央文庫p80

 この言葉だけより、前文から読んだ方が、断然刺さります。読書時の楽しみにして下さい。
 いとこで、語り手まりあの父も、母も、とてもいい。父の方にね、感情移入する大人もいるかもしれません。人生はね、簡単じゃない。けっこう複雑だよなって、考えさせられます。

こういう人にお勧め

 私はこの『TUGUMI』を恋する本というタイプ分けをしますが、だからと言って本書があなたの恋の種火となるような、そんなキュンキュンとした、みたいなオススメ本ではありません。そういう、もっと恋する本に適したものはごまんとあるでしょう。ただ、恋する本ではあります。そう、きっとあなたもつぐみに恋します。
 そして、とても綺麗な小説なのです。情景も、心も、みな透明で、嘘がないような世界観。読んでいて、気持ちがいい小説です。
 あとはなんだろうと考えた時に、分かりました。『TUGUMI』は、心が洗われるのです。色という色はない。ただ、透明なのだけど、とても綺麗。「正しい小説」こんな言葉はありませんが、割と的を得ている気もします。これが「正統派」というと少し烏滸がましく……正しい……嘘のない、でもいいのかもしれません。
 さんざん上記しましたが、綺麗な言葉の紡ぎを堪能したい方お勧めです。

ここから読んだ人向けの話

考察

 「ポチはうまかった」、というところの解釈について
 つぐみが言うように「ま、それ、あくまでたとえだけどな」とありますが、その心はなんだろうか、考えてみます。

 強くなりたかった。求めるその強さは物理的・肉体的じゃなくて、心の強さ。本当のところ、つぐみはとても優しい子で、ただ少し不器用なだけなのです。つぐみはちゃんと、命を、大切にしている。命を、繋ぐことに意味を見出している。つぐみは、ポチを好いている。そんなポチを食べることになるような状況なら、それはつぐみも泣くよ。でも、それでも、命を繋ぐことに、命は、尽きるものだということをちゃんと受け止め、強くなろうとしている。
 あとこれは、メッセージかもしれない。死は、誰にだってやってくる。順番なだけ、たとえば飢饉で、そんなピンチの時に木偶の坊じゃダメで、一生懸命バトンを繋げようとする。悲しいことだけど、仕方のないことだって、ある意味割り切りがある。命を大切にしたい、ということを不器用に伝えているのだと私は思いました。

HARU
HARU

犬を食べる文化はよく聞くけど、猫を食べる文化もあるらしいよ!

PENくん
PENくん

HARUの肉は美味しくなさそう

その後について

 「つぐみからの手紙」で話は終わりますが、私はその続きの話をしたいと思います。
 きっと、つぐみは死んでしまったのだと思います。そして、吉本ばななは、その続きは書いていたのだと思います。でも、削除した。正確に言えば、掲載しなかった。続きは、短くても、あると思います。別に、私はそうであってほしいとか、そうであるべきだとか、そういう話がしたいわけじゃありませんが、何度か読み返して、まりあの、この言葉で、ああ、やっぱりそうかも、と思いました。

夜中、ひとりでふとんに入り、私は子供心にも何かと別れたような切ない気分になった。ひとりで天井をみつめ、さらさらかたいシーツの感触の中で、それは別れの卵だった。後年に知るずっしりした別れに比べて、それは輝くふちどりを持つ、別れの新芽だった。

吉本ばなな『TUGUMI』中央文庫p81

 ここで言う後年こそが、まさにつぐみだと思いました。もちろん時期は分かりません。でも、そう先ではないとは思います。そもそもまりあが、つぐみを回想するように語るこの『TUGUMI』は、何十年も前の思い出ではなく、せいぜい4,5年前くらいだと思います。それか、もっと近年。きっとつぐみは、いつかの医者の短命宣言のとおり、20歳か、もしくはもっと若くして死んでしまった。それは、つぐみの破天荒な生き方も悪いですが、それも含めて、全部つぐみなのです。
 あなたもつぐみに触れたなら分かると思います。つぐみの直感が外れるわけがない。つぐみは、死ぬことがわかった。ただその事実をつぐみは受け入れた。死は、平等だ。誰だったいつか死ぬ。仕方のないことだ。で、まさかこう考察したところで、じゃあこのラストってバットエンドなの? なんてズレたことを聞くのは野暮でしょうね。
 物語としては、ハッピーエンドでしかない。ただ、その先には必ず死がある。それだけです。

 それにしても、最後の最後まで、つぐみは魅力的でした。繰り返します。夏になれば、私はつぐみに会いたくなり、また、『TUGUMI』を読みます。まさに夏本です。私はつぐみが大好きです。
 
 皆さんはどう思いましたか?

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