『叫び』あらすじ付き作品紹介及び批評。畠山丑雄の袴姿、あっぱれ也!

小説

基本情報

 2025年度下期、第174回芥川賞受賞作品の1作。作者は1992年、大阪府吹田生まれの畠山丑雄。2015年に『地の底の記憶』で第52回文藝賞を受賞し、デビュー。デビュー10年で掴んだ芥川賞。そんな畠山丑雄の初見に感動した私。あの袴姿は、映えた。そうそう、こういうのが大事ですよね! と思うわけですよ、イメージですけど、こんな晴れ舞台だって言うのに、ラフな普段着という姿で会見なされる方が多いと記憶しているわけです(まあね、見て欲しい(読んで欲しい)のは自分の小説だってことは分かりますよ。でも、生みの親も頑張らなくては! 私事だけどね、私が受賞の際には、金髪にして、授賞式でひと笑いとって、小説より自分の話をしてやる。そのくらい目立ってやって、画面越しの向こう側に「興味」を引かせる。そんな、お膳立てをして、本を手に取ってほしいわけで、読んで欲しくて、買って欲しくて、あとは読まれて「評価」を待つのみ。と、したいわけ。とか、そんなことを考えるわけです。だから、なのか、その、ささやかなリベンジでもないが、今回記事にするのは袴の方だけにする。だってさ、こんな袴見たらさ、記事にしたくなったんだ。というのは半分冗談だけど、できることは全部やるって心づもりはね、大切だと思うわけなんだ)。

 いやあ、前回の第173回は芥川・直木賞共々「該当作なし」だったもので、よかった・良かった。そして、今回も2作(前回の「該当作なし」を除けば、直近2回連続、2作受賞が続いていますよね、喜ばしい)。受賞作のもう1作は『時の家』。作者は1992年生まれの、鳥山まことさん。2023年に『あるもの』で三田文學新人賞を受賞してデビューとのこと。

 作品もそうなんだけど、著者もそうで、対照的。そう言えば、前の前の芥川同時受賞の2作もそうだった、それも、記事にしたんだった。それも貼っておく。こちらもよかったら。

第174回 芥川賞・直木賞 発表&受賞者記者会見より

 ね、分かりますよねww 一目ですわ。映えてますよね! こういうの、好きなんだ。中央が本日の主役、「畠山丑雄」。で、右がもう一人の受賞者の鳥山まことさん。左が『カフェーの帰り道』で直木賞を受賞した嶋津輝さんです。たしかにね、贈呈式ではない。発表時です。一応ね、別の写真で確認できましたが、贈呈式では三人ともスーツの正装でした。

 だ・け・ど、私が言いたいことは違うわけですよ、覚悟! たしかにまだ確定じゃない。どこか近くの喫茶店なんかで吉報を待っているわけで、そこで、袴よ(ワンチャン着替えた説はあるよ。ってか、流石にそうかもね)。もちろん空振りはある。でも、ハマったら強いよね。少なくても私にはそう感じられるわけですよ。要は爪痕。主張した。たしかに残したと、私は感じたんだ。

 それで、私は気になって調べて見たわけです(もはや違うテーマで長々と書くことにする。楽しくなってきたし、なかなかこういうことを書く人は他にいないでしょうww)。イメージの答え合わせをしてみるわけです。

第168回 芥川賞・直木賞 発表&受賞者記者会見より

 おいおい、さすがにほぼ私服やんかい!ww ちなみに私の大好きな「小川哲」左から2番目。まあ右から2番目の佐藤さんはギリ正装でしょう。


第160回 芥川賞・直木賞 発表&受賞者記者会見より

 で、第160回はね、同じく大好きな「上田岳弘」(右)。左に『宝島』の真藤さん、中央の町屋さん。いやいやもう、ポーズ含め、完全におちゃらけやんww なんだそのハットよ。  ふう、待て待て、落ち着け。ずいぶん空いたもので、それに私のチョイスにも作為あり、それは認めるww。その真ん中でも見てみよう。コレ↓

第164回 芥川賞・直木賞 発表&受賞者記者会見より

 右は「宇佐見りん」。なんて素敵な笑顔でしょう。微笑ましい。この時21歳! あの『蹴りたい背中』の綿矢りさ、『蛇にピアス』の金原ひとみに次ぐ3番目の若さで受賞となりました。パチパチパチ——ちがうちがう!! でもね、『推し、燃ゆ』ね。よかったよね。前にここで書いた『コンビニ人間』ほどじゃないが、よく売れているって聞く。この小説もいつか記事にしたいな。 ──と、言うことでだいぶ遠回りしたわけで、丑雄の話に戻る。年下なもので、呼び捨てにしてみる。インタビューでね、「丑雄」というペンネームについてこう語っている。ここはちょっと長めに引用する。いいと思ったところなんだ。

(「丑雄」というペンネームを)

 付けたのは、2015年のデビュー時です。夏目漱石が芥川龍之介に送った手紙のなかに僕が好きなフレーズがあるんです。かいつまんで言うと「人は功名を焦って馬になりたがるけれども、そうではなく、牛になって図々しくゆっくり進んでいきなさい」という内容です。

 僕の目には、当時の純文学の世界では、新しいタイプのポップな私小説が流行っているように見えました。僕は逆立ちしても、そういうものは書けないし、あまり興味も湧かなかった。だから、自分の小説は、しばらく日の目を見ることはないやろなと思いました。そこで周囲に流されず、自分のペースを守って書き続けていけるように「丑雄」というペンネームにしたんです。

文藝春秋2026年3月号 受賞者インタビューより

 いいですよね、こういう弱音とも聞こえる告白。で、実際、牛のように執筆速度ものろのろで、デビュー作から『叫び』までの10年で文芸誌に5作。という寡作ぶり。ちなみに、この当時のって、『火花』かなあ。か、同時受賞の『スクラップ・アンド・ビルド』か、翌年の『コンビニ人間』とかあるけど、なんだろう。めちゃ気になる。「新しいタイプのポップの私小説」が、何かを教えてほしい! めちゃ気になるぞww 見当ついた人、もしくは丑雄! 丑雄さん! 丑雄先生! 教えて下さい!!

 読了目安時間は2時間半。ちなみにもう一作の鳥山まこと『時の家』は4時間半です。先に『時の家』を読んだのですが、なかなかに長く感じた。そして実際に、芥川賞としては若干長いのでは、なんて感想を残して、あとね、あまり好みではなかったので、やきもきした気持ち……の後に丑雄。でもね、丑雄も正直に言うと、1回目はあんまり? というかよく分からなかった。が、嫌いじゃない。おもろい、登場人物は魅力的だった。それで再読してね、記事にしようと思った(が、結局よく分からないところは多々あるww でも、好きだ)。

 って、なると『時の家』の話に戻れば、これは好みや、初読で、私が見つけることができなかった魅力なんかが、きっとあるのだろう。きっと──ちなみに、どんな話かって? 主役は家、解体直前の家に三代の住人がよみがえる……というのなんだけど、ある選評を読んで、私も同意見だった。

 最初、作者がどこに向かおうとしているのか解りかねて、読むのがとてもとても苦痛だった。しかし、谷川俊太郎の詩のあたりに来て、あ、そうなのか、とようやく気付いて、いっきに引き込まれた。ここに辿り着くまで、何故こんなに長いのか。後半の心に沁みる部分にぶつかるたびに、出来るんなら早くやってよー、と思った。

文藝春秋2026年3月号 芥川賞選評より引用——山田詠美

 最後に文藝春秋2026年3月号のリンクを貼る。ここには今回の芥川賞の2作が掲載されている。どちらも読めるし、先生方の選評も、インタビューもある。バックナンバーって扱いだろうが、オススメする。

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簡単なあらすじ

 早野ひかるは「先生」に打ちのめされ、銅鐸と土地の来歴を学び始める。ここではかつて罌粟栽培と阿片製造が盛んで、満州に渡って「陛下への花束」を編み、紀元2600年記念万博を楽しみにしていた青年がいた。いつしか昭和と令和はつながり、封印されていた声が溢れ出す。大阪と大陸で響き合う夢とロマン、恋愛政治小説。

畠山丑雄『叫び』 新潮社HPより

 ちなみに「銅鐸」「罌粟」って、読めますか? 分かりましたか? これれは「ドウタク」「ケシ」と読んで、こんなやつです。

HARU
HARU

日本最大の銅鐸(どうたく)が出土したのは滋賀県野洲市

PENくん
PENくん

市のマスコットキャラクターはドウタクくん。
そのまんま!ww

面白いと思うところ

 偶々ですよ。と言っても次の記事で書くつもりではいますが、今、又吉直樹の新作『生きとるわ』を読んでいます。それが面白い。ただ、深く暗いもので、読みながら胸がぎゅーってなることがあることもある。が、すごく面白い。又吉は『火花』『劇場』『人間』と読んでいるが、今作もいい。きっとタイトルは二文字縛りなんだろうなあ、なんて思っていたら違ったww。ごめん脱線、でも、なんでこんなことを先に言うのかって、関西弁なんですよ! 関西弁のリズムを活かしたテンポがいい。会話がね、思考がね、とにかくおもろい。言葉はきついけど、正直な感じね、まずはそれ。

 次に、「先生」の存在です。これは、宗教? ん? ポピュリズム? 話がうまいのかはよく分からないが、どうにも気になっちゃう長広舌。主人公のひかるも、そして恋人? のしおりもそうなんだ。各人、なかなか笑えるエピソードに、笑えないエピソードがある。たぶんきっとみんなダメなやつばかりなのだろうが、愛おしい。そして、川又青年……、ってたぶん君も筋がよお分からんくなると思うねんけど、なんでか楽しいわけ、これもまた抽象的なんだけど、意思があると思うんだ。

 それが、本作の魅力(面白いと思うところ)なんだ。輪郭が見えないって、それは私も同じ。筋も、クソもねえ。荒唐無稽な気もするんだけど、言いたいことはいっぱいあるが、それも全部含めて丑雄って感じですww(ごめんね、知らない人なのに。でもね、そんなこと言われること全部、「使命」もしくは「責任」なんだろうと思う)

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こういう人にオススメ

 選評より引用する(が、いつものことなんだけど、先生たちの使う言葉はどうにも難しいものばかりだ。そこで親切なHARUとPENが、記事の最後に用語解説をしているから、ご安心を!)。これは「あらすじ」であり「面白いところ」で、きっと未読の方には意味が分からないと思う。でも、それでも、このオチのある選評を読んで、興味が出たのならば、君も読んでみるといい。元来、ごりごりのエンタメではない領域の純文学は、読み手側にも求めるものがあるなか、こんなことを書かれたのならば、引かれるものがあるのではないだろうかと推測する。

 私が推したのは、『叫び』だった。“生きる縁”モノというジャンルは多々あろうが、銅鐸の選択とその怪しげな師との関係に独自性がある。諧謔(※1)に富んだ文体で、日常の低俗の底から郷土史にアクセスし、戦中の満州にまで物語を押し広げ、更に二つの万博を架橋するその力量には笑いながら唸った。物語の天皇への接続の仕方は意見が割れたが、「聖(※2)」といい、その霊性論(※3)と言い、最初から笑うべきナンセンス(※4)として提示されており、にも拘わらず、それに吞み込まれる男の滑稽さが巧みに表現されている。結果、ナンセンスのみならず、あらゆるものがパロディ化され、作者がほとんど文体模写的に影響を隠さない古井由吉(※5)的なものでさえ、笑うべきもののように見えてしまう。これは、真面目にその問題群を引き受けようとする者にとっては、困惑させられる事態だが、しかし、こうした虚無的(※6)なバカらしさに鍛えられることのない真面目は脆弱なものとなろう。

 よく理解しきれていない点もあるが、それも含めて魅力とすることに、私は賭けることにした。

文藝春秋2026年3月号 芥川賞選評より引用——平野啓一郎

 と、生意気にも先生の言葉に「※」を追記しましたが、やっぱりね、よく書けているんですよね。私だけでしょうか? この選評読むと、気になるんだ。それになんたって、よく理解しきれない点があっても、なんならそれも魅力だっていうわけ。でもね、それよく分かるんだ。手抜きじゃないけど、もうひとつ。

 銅鐸への執着、歴史への拘泥、好きな女性を聖と見做すような萌えが三つ巴になってうねるスラップスティック(※7)として評価されたが、笑いのツボは読み手によって異なり、西日本出身者には受け、東日本出身者にはイマイチという傾向が選考委員にも見られたのは面白かった。

文藝春秋2026年3月号 芥川賞選評より引用——島田雅彦

 西日本出身者には受け、東日本出身者にはイマイチという傾向が選考委員にも見られたのは面白かった。
 ──ということで、取り急ぎ西日本出身者の方はぜひ!

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読んだ人向け

考察(感想)

「先生」は何者?「聖」の正体とは?

 先生は、奇人・変人 ——難しいですよね。だって、生活保護を受給しているにも関わらず、医師の判定では「稼働能力あり」なので就労指導の対象になっているが、ハローワークに顔は出しても、面接をしても、ほにゃらら、とにかく働かない。しまいにはこんな持論を言うわけ、

福祉には多くの税金が使われている
国家とはそもそも福祉のためにある

 おおお。そして、福祉は何のためにあるかというと、これは労働から解放区をつくり民間から聖を輩出するためである。~~というところからも全部おもろいんだけど、書きたいけど、長いから省くww。ここは読んだ人向けなのでOK。とにかくこの先生の長広舌、主張にはパワーがある。隠しきれない胡散臭さが滲み出ている。正直何を言っているんだって話なんだけど、おもろい。知らぬ間に引き込まれている──そして「聖」ってなんだ。
 で、どうなん? って話に戻ることにする。「先生」と「聖」について、私の意見はこう。

 「先生」とは、仏。いな、心の中のひかる? いや、いや、いや。私、分かりました。テロリスト。違う言い方で言えば革命家ですね。教祖。だって気がつけばひかるは罌粟栽培にせっせと夢中。それに、ひかるに見える川又青年は完全に幻。懐刀をもらう、から、あのラストまで、もうここまで信者にやらせたら、モノホンでしょう。それにしても、「ハンプティダンプティ」の話から、夢告を信じ火中で往生を遂げた源因の話はたしかに面白い。きっと声も、その資質があるのでしょう。まあ最近は死語になりかけているのでしょうが、要はカリスマですね。ちゃん、ちゃん。あとね、ふるさと納税が嫌いなところとかも好き。

 つづいて「聖」とは、いったい何なのか考える。私は「リーダー」とか「推し」なんて言葉を充ててみようとしたが、がっちりハマらない。しっくりこない。うーん、最後まで解消されない。読後に読んだ受賞者インタビューでこんなことが書いてあった。

 インタビュアーが丑雄に問う。「聖」とは、人間が意味を見つけるときに、その源泉とするような存在と読んだのですが……どうなんですか??
(丑雄)というより、そのような源泉につながっている人、源泉そのものではないけれども、それと近しいレベルに到達している存在のイメージ。しかし、これ以上の言及は控えます。作者が明確な定義をしない方が小説を豊かに読んでいただけると思う、これ以上は読み手に委ねたい──

 ほお、なるほど「源泉」ね。このインタビュアーすごいねえ。で、そのレスポンスもいい。ふむ。ごめん、もはや私の、というより作者に聞いちゃったww でもね、その後半部を付け足したところにはとても誠意があると思いましたね。

長田しおりについて

 皆さんはどう思はりました? こんな人、おるかなあ。なんか美人な感じもせん? するよねー。で、しかもスレンダーな感じでさ、そんな娘がアラフォー丑雄に、間違った。ひかるに近づく? ありえへんくない? そんでもって、しおりのエピソードはどれも強力。父親の話はえぐいし、

 ……これさ、ほんまかいな? と私は疑るわけですよ。これ、妄想じゃね。抱こうとして、銅鐸で殴られる。って、あれはただ自作自演。だって、そんな人おらんもん。全部幻想。どうかな?
 じゃあ、いったい誰の話なんだろう。このエピソードまるごと全部、ひかるの話なんじゃないだろうか。ずっと抱えていた。いつ爆発してもおかしくなかった。で、先生が起爆剤。おかしくなったひかる。という考えは、あるかもね。えっいやいやさすがに出鱈目だって? 

 そもそもだ、おかしくないかい? しおりの口からしおりのエピソードが語られ、それが文字起しで「しおりさん」って。変やない? そんでもってこんなこと言うわけ。

しおりさんこそが聖なんです

 とか言うやん。ああ、これって、理想の(到達点)女なんですよ! と妄想するひかる。どう? さすがにめちゃくちゃかな。

冒頭や、終わり方について

 冒頭会社での話と、最後の逮捕、いるかな? ってことが言いたい。もし冒頭の会話が銅鐸と先生への導入だとしてもですよ、ちょっと強引な気がした。まあ、会話だけでも、関西の会話は面白いと思う。が、なんだかなーということと、とにかくラストはない、書かなくてもいいと思ったなあ。

早野は天皇・皇后両陛下の行幸啓を妨害した疑いで逮捕された。

 これ、川又青年は幻ってことはいいけど、上で書いたように長田しおりさえも、きっと薬物中毒から見えた夢、で、こいつ、いよいよヤバいぞ! ってところで物語を終わらせて欲しかったなあ、書いて欲しくなかったな。最後、ちょっとまとめようとした魂胆が透けて、嫌だった。
 って、こんなアンチコメントが来ることなんて丑雄は知っていたはず、でも、書きたかったから書いたんだ。あれ、これ。きっと僕には逆立ちしたって書けない~~とか、言っていたことに思い出した。もしかしたらその類かも。きっと、試しているんだ。だから、批判は間違っているのかもしれない。応援しよ、次の作品を期待する。ということで〆る。また、次の記事で!!

 皆さんはどう思いましたか?

ちなみに、余談

 昔の万博のチケットを万博協会に送れば交換してくるって話、真偽確認しました。
 ほんとうのようです! これ、都市伝説とかじゃなくて、どうやらニュースでもちゃんとやっていたようですね。知らなかった。

85年前の“幻の万博”チケット きょうから引き換え始まる

HARU
HARU

今回、二回も出番があるなんて!

PENくん
PENくん

用語解説やっちゃうぜぇ~

諧謔(※1)
「かいぎゃく」と読む。ちょっとややこしい冗談
聖(※2)
「ひじり」と読む。ここでは読み方だけ。何を指すのかは読んだ人向けで語る
霊性論(※3)
霊性(超人的な力や不思議な力のこと)や精神性に関する哲学的、宗教的な議論や理論を指し、特に人間の内面的な成長や宗教的な体験に焦点を当てること
ナンセンス(※4)
こんなの知っているって? そうかもしれないけど、ほんとうにその意味あってる? もしかして、「センス無い」と思っていないかな? 違うよ。正しくは「意味のない」「ばかばかしい」こと
古井由吉(※5)
神経を病んだ女性・杳子と登山で出会った男を非現実的・幻想的なイメージを交えて描いた『杳子』で、1971年に第64回芥川賞を受賞。古井を含むこの時期の作家は「内向の世代」と命名され、「社会的問題やイデオロギーなど外部に距離をおいて、内に向っている作家たち」というラベリングをされる。と言うことで、要は何かと言うと(ざっくり言えば)事案として内向的なことを意味することや、その、〇〇の文体や行動を真似ること
→脱線するけど、こういうのは情報のパッケージ化ですね。〇〇的のなかには、実に多くの情報が詰め込まれているわけですな
虚無的(※6)
これも※4に近く、意外とちゃんと理解していないと踏んでいる。意味は、その対象に、感情・意味・価値などを見いだせなくこと
スラップスティック(※7)
体を使ったコメディの一種。サイレント映画。具体的には、相手を叩くために使われた先が割れた棒(スラップスティック)を用いた喜劇のこと。現代では、視覚的な笑いを生み出すために、体の動きや道具を使った過剰な表現が特徴

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