『ニムロッド』紹介および考察

小説

基本情報

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 芥川賞作家、上田岳弘さん5作品目の小説で、ジャンルは純文学。読了目安時間は2時間半。

 何を隠そう、本作『ニムロッド』は2019年に芥川賞を受賞しています。

 作者の上田岳弘さんは、『太陽』という作品で2014年に純文学の新人賞を受賞し、デビューしました。その後も『私の恋人』という作品では三島由紀夫賞を受賞しています。余談ですが、この時の三島由紀夫賞の候補作には又吉直樹さんの『火花』もノミネートされています。あの、『火花』を抑えて受賞した上田さんです。まだ世間的な認知度はあまり高くないように感じますが、彼は唯一無二の作家で、少し大袈裟かもしれませんが「天才」だと思っています。というのも、彼の『太陽』も『私の恋人』も、ほんと、すごかったのです。そちらも紹介したいですが、この記事では『ニムロッド』の話をします。

HARU
HARU

思い浮かぶ天才って誰だい?

PENくん
PENくん

うーん。前田智徳とか?

HARU
HARU

渋すぎんか……。




ニムロッドってなに?

 そもそも聞きなれない「ニムロッド」という単語は旧約聖書に登場する人物です。バベルの塔の建設を命じた王といわれています。
 本作品では、小説家への夢破れ鬱病となった同僚の呼び名として登場します。

簡単なあらすじ

仮想通貨をネット空間で「採掘」する僕・中本哲史。深く大きなトラウマを抱えた外資系証券会社勤務の恋人・田久保紀子。小説家への夢に挫折し鬱傾向にある同僚・ニムロッドこと荷室仁。やがて僕たちは、個であることをやめ、全能になって世界に溶ける。「すべては取り換え可能であった」という答えを残して。

上田岳弘『ニムロッド』講談社文庫 背表紙より

 流石、上手いですよね。こうやって書くのかと感心させられます。惹かれませんか? それに、なんかSF感漂ってきませんか?ww

 私見なのですが、純文学というのは「あらすじ」が苦手だと思っています。言い方を変えれば、筋がなくても成立する。それを許されているのが「純文学」だとも思っています。なので、とっつきにくいというイメージがあるのかもしれません。でも安心して下さい! この『ニムロッド』での登場人物はほぼほぼ先にあげた3人だけです。その点からも、とても読みやすく、保証します! この小説に挫折はありません。読めます!

 「あらすじ」以外のことを書いてしまいましたが、ざっくり言えばIT会社で働く中本は仮想通貨を採掘し、恋人とは定期的に合って、話をする。2人はもう30代も後半。今のところ結婚はするつもりもない。彼女は、僕より高給取りで、離婚歴があり、心に闇を抱えている。同僚のニムロッドは、心を病んで、今は近くにいない。彼は小説を書いている。僕は彼と話し、彼女と話し、いつしか僕のある癖のせいで、3人は、ネットを介して繋がった。

 ようは山場だとか、映画でいえばクライマックス的なものもありません。ただ淡々と時間のように流れるだけで、私たちは、それをただ読まされるという作品なのです。

 『ニムロッド』には、

 心地よい倦怠と虚無があり、騙されたと思う暇もなく、読める。楽しく読めるというより、読まされる感じが近いと思いました。

簡単ですが、この小説の相関図を紹介します。

面白いと思うところ

 これは、彼の作品全部に言えることだと思うのですが、とにかくすごいものを読んだ、読んだぞ! という気になるところが挙げられます。今回の『ニムロッド』では、若干抑え気味ではあるのですが、しかしその点こそが冒頭で書いたとおり、読みやすくオススメだと思っているところではあります。

 ぜひ、読んで頂きたいものですが、そして読んで頂ければ分かるのですが、たぶん、説明できないと思います。いわゆる、どこがどういうところが面白かったと説明するのに苦慮するのだと思います。理由は、少し難しいからです。でも、読まされる。小説としては力が非常に強いです。いいですか、いい大人が言語化して説明できない。それって、すごいことではないでしょうか?

 このように書けば、不親切だと受け取られるかもしれませんが、ぜひ、読んで、体験して見てください。また、最近ではあまり聞きませんが、仮想通貨のことが書かれています。勉強にもなります。仮想通貨の説明がカッコよかったです。「ソースコードと哲学でできている」。これ、飲み会なんかで使えるネタかもしれません、物知り感が出るのではないでしょうかww

 冗談はさておき、一読すれば、併せて仮想通貨のことも勉強できます。その点も読書のいいところですね。

こういう人にお勧め

 この小説は、37歳と38歳と39歳の、もういい大人の、ただ淡々とした、でもどこかこの日常に、現実に疲れてしまった3人を描いています。太宰治ほど深く、内省が覗ける純文学ではありませんが、その点が非常にリアルです。つまるところ、リア充の方には用はありません。非リア充の方と呼ぶのも失礼な話ですが、ですが、私はそちらの側の方がマジョリティだと思っています。特に同年代の方、ただ読んでみて下さい。まさに読まされますよ。そして読後はじんわりとした何かが心に残ります。この小説は、あなたの生活のすぐ近くにあります。

ここから読んだ人向けの話

考察

 田久保紀子は「東方洋上に去る」と残して中本の前から消えました。彼女は、ミッションコンプリートを機に、もうやり残したこともない、もう十分だと考え、自ら死を選んだのかもしれません。もう、この世の中から逃げ出したかったのかもしれません。

 しかし私はもっとハッピーな世界線に向けて中本の元を去ったのだと考えます。彼女は、もう一度やり直したいと考えたのではないでしょうか。いわゆる「人間の営み」を。ではなぜ中本ではダメだったのか、それは、中本は、何者でもなく、いない存在だからです。没個性、彼女の前に立てば、彼女に合わせ、写し鏡のようになる。だから居心地がいいと彼女は気がついた。これではダメだと。いな、気づかされたとも言えます。これはたぶんニムロッドによって。この文と次に書く文との繋ぎになるのですが、キーワードは「サリンジャー」で、荷室仁は、本来金庫行きだった文章を、中本に見せています。それはなぜか?

 荷室仁にとって彼など、初めからいないような存在だからです。人畜無害。だから次から次へとメールを送り、小説を送った。ここまではよかった。しかし、中本はニムロッドの小説を彼女に見せるという禁を犯します。この中継。これがいけなかった。これこそが、トリガーだったのだと考えます。彼女にとっても、ニムロッドにとっても。

 この小説の本当の主人公は、「ニムロッド」で、作者の上田さんは、ニムロッドが書く小説こそ書きたかった。しかし実態はその外側、ニムロッドの小説を包括するようにして作品が仕上がっています。上田さんにとって小説とは、「塔」。塔と言えば、バベルの塔。と言えばその建設を命じた王の名前は「ニムロッド」。「ニムロッド」、どこか単位系とも読めるな。この横文字、「ビットコイン」に近い。なら仮想通貨と絡めるか。主人公の名前は決まった。ストーリーが概成したが、まだ物足りない。人間は、失敗の元に成功を積み上げてきた。「ダメな飛行機コレクション」これだ! その解説にアイロニーを交え、伝えたいことは、失敗があってこそ成功があるのだ。というメッセージ性。中本と荷室以外に、過去に傷を負ったキャラクターが必要だ。それを中本と恋人関係にするのはどうだろうか。という流れではないだろうかと勝手に考察しましたww

 皆さんはどう思いましたか?

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