『ドグラ・マグラ』読了。精神に異常をきたすと伝えられる、奇書──

小説

読了前

 この顔ね、どう見てもヤバい。絶対何かやっているやつだ。イカレテいやがる、狂人だ。なあそうだろう……違いない。違いないってさ。そもそもだ、ふと疑問なんだが、この小説『ドグラ・マグラ』は普通に本屋に陳列されているわけで、最近も見たな、角川文庫夏フェア……だったか、たまに目が合う。不気味。こんなところに置いちゃいけない。間違って、興味本位、手を取って読んでみるものならば、不吉が襲う。とか、色々と考える。普通ではなさそう。何かしらの覚悟をもって読む必要がある。もしくは近づいてはいけない……ずっとそう思っていた。だから古本屋で、まあそこがBOOKOFFだったんだけど、そんなポップなところで出会ったのが悪い。元来、この書はどこか路地を抜けた先の、ひっそりと佇む古書店なんかで、じっと、棚に収まって、その表紙を見せない。ただ、怪しげな「ドグラ・マグラ」と、その文字だけをこちら側に向け、それに「なんだ、なあんだと」と手を伸ばして出会うくらいが、たぶん正しい出会い方なんじゃないかと、僕は思っていたんだ。禁書。表じゃなくて、裏で出会うべきものなんだ……とか、そんなことを……

「ドグラ・マグラ」は、昭和10年1月、一五〇〇枚の書き下ろし作品として、松柏館書店から自費出版された。

〈日本一幻魔怪奇の本格探偵小説〉〈日本探偵小説界の最高峰〉〈幻怪、妖麗、グロテスク、エロティシズムの極〉とうたった宣伝文句は、読書界の大きな話題を呼んだが、常人の頭では考えられぬ、余りに奇抜な内容のため、毀誉褒貶が相半ばし、今日にいたるも変わらない。

〈これを書くために生きてきた〉と著者みずから語り、十余年の歳月をかけた推敲によって完成された内容は、狂人の書いた推理小説という、異常な状況設定の中に、著者の思想、知識を集大成する。これを読む者は、一度は精神に異常をきたすと伝えられる、一大奇書。

夢野久作『ドグラ・マグラ』角川文庫 裏表紙

──夢野久作

一八八九年福岡県に日本右翼の大物、杉山茂丸の長男として生まれる。本名杉山直樹。夢野久作とは福岡の方言で「夢想家」の意。慶応大学文学部中退。禅僧、農園主、能の教授、新聞記者と、種々の経歴をもち、一九二六年「あやかしの鼓」を雑誌発表して作家生活に入る。「瓶詰の地獄」「いなか、の、じけん」等、因縁と心理遺伝を題材とした作品を著し、構想十年の果てに完成した代表作「ドグラ・マグラ」は国内外の日本文学者に比類ない評価を受けている。一九三六年春、四十七歳の生涯を終えた。

夢野久作『ドグラ・マグラ』角川文庫 表紙裏

 さて、奇書? 調べた。本書、夢野久作の『ドグラ・マグラ』は小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、中井英夫『虚無への供物』と並んで、日本探偵小説三大奇書に数えられている──

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HARU
HARU

よーく見ると、表紙の角川文庫の主張がすごいよねww

PENくん
PENくん

パッケージ100点満点ですww。

読了後

 読んだ。上巻に9時間、下巻12時間。読後感として、「小説を読んだ」というより、なんというか、小説という建物に入ったら、いつの間にか建物そのものが自分の頭の中に移築されていたみたいな……本書『ドグラ・マグラ』は、読者に「自分はいま小説を読んでいる」と信じさせながら、その読者自身の認識を少しずつ壊していく──

 読んだ……とうとう読んでしまった。『ドグラ・マグラ』。名前だけは、ずっと知っていた。「日本三大奇書」の一冊。読むと精神に異常をきたす、とまで言われる小説。なんとも物騒な評判であるだから、読む前から少し身構えていた。

 読了。
……うん。これは、すごい。すごいのだけれど、困った。何がすごいのかを説明しようとすると、たちまち言葉がおかしくなる。あらすじを説明すればするほど普通の小説になってしまうし、登場人物を整理すればするほど、この小説の異様さから遠ざかっていく。
 だから今回は、整理しない。

 たぶん、まともに書かない。『ドグラ・マグラ』を読んでしまった人間の頭の中を、そのまま文章にしてみる。読みにくいと思う。たぶん、かなり。

 でも、この本について書くのなら、それくらいでちょうどいい気がする。

──解放

『ドグラ・マグラ』を読んだ。いや、読んだという言い方が正しいのかどうか、そもそも読書というものがページを最初から最後まで順番にめくって文章を目で追っていく行為なのだとすれば、僕は果たして『ドグラ・マグラ』を読んだのだろうか、読んでいる途中で何度も分からなくなったし、読了した今もよく分からない、というより、分からないという状態がこの本を読む前と読んだ後でまるで違っていて、読む前の僕は「分からないものがある」と思っていたのに、読んだ後の僕は「分からないということは、もしかすると分かっていることよりもずっと普通なのではないか」と思っている、これは何なのだろう、夢野久作という人は何を考えてこんなものを書いたのだろう、いや、何を考えてという問い自体がもう違うのかもしれない、何しろこの本には論文が出てくる、医学が出てくる、精神病院が出てくる、記憶が出てくる、血筋が出てくる、呪いのようなものが出てくる、というより呪いなのか科学なのか心理なのか犯罪なのか推理なのか文学なのか、その全部なのか、そのどれでもないのか、読んでいるこちらが分類しようとするたびに、分類したそばから別のところへ逃げていく、まるで「お前は小説を読んでいるつもりなのか」と笑われているようで、そういえば僕はこの本を読みながら何度もページを戻った、あれ、今のは誰だ、これは誰の話だ、ここに書かれていることは本当に起きたことなのか、それとも誰かが書いたものなのか、いや、その「誰か」は誰なのか、待て、僕はいま何について考えているんだ、主人公についてか、作者についてか、物語についてか、それとも僕自身についてか、そして怖いのは、分からないことではない、分からないままでも読み進めてしまうことだ、普通なら分からなければ戻る、理解できなければ調べる、人物関係が分からなければ相関図をつくる、時系列が分からなければ整理する、つまり読者というものは、分からないものを分かる形にして安心する生き物なのだと思う、ところが『ドグラ・マグラ』は、その安心しようとする手を払いのける、いや、払いのけるどころか、その手そのものが本当に自分の手なのか分からなくしてくる、だから困る、ものすごく困る、そして僕は困りながらちょっと笑ってしまった、なんなんだこれは、こんなものを小説と呼んでいいのか、いいに決まっている、でも普通の小説だと思って読むと駄目なのだ、じゃあ何だ、奇書だ、奇書としか言いようがない、ところで「奇書」という言葉は便利すぎる、変な本、珍しい本、普通じゃない本、とりあえずそういうものを全部「奇書」と呼んでしまえば話は終わる、でも『ドグラ・マグラ』は、そういう意味での変な本ではない、変なのは物語だけではなく、読んでいる自分のほうまで変になってくるところで、そこが嫌なのに面白い、面白いのに疲れる、疲れるのにやめられない、やめればいいのに読む、読むと分からなくなる、分からなくなるとまた戻る、戻るとさらに分からなくなる、これはもう読書というより何かの実験なのではないか、読者を使った実験、夢野久作が紙の上に仕掛けた巨大な罠に、僕はまんまと入ってしまったのではないか、そして罠に入ったことに気づいたあとも出ようとしない、むしろ「もう少し奥へ行ってみよう」と思ってしまう、この時点で僕のほうがどうかしているのかもしれない、いや、ここまで読んでいるあなたもそうなのかもしれない、まだ読んでいないなら読まないほうがいい、と言いたくなるのに、いや、読んでほしいとも思う、でもおすすめするという言葉もなんだか違う、誰におすすめするんだ、こんなものを、読後に爽快感がありますとか、人生が変わりますとか、伏線がすごいですとか、そんなことを言って紹介できる本ではない、そもそも伏線という言葉で説明してしまった瞬間に、この本の気持ち悪さが消えてしまう気がする、もっと気持ち悪いのだ、もっと訳が分からない、もっとしつこい、もっと長い、もっと執念深い、そして何より、読者の「理解したい」という欲望を利用してくる、分かりたい、答えが欲しい、真相が知りたい、そう思ってページをめくる、その欲望こそがこの本に捕まる入口なのではないか、だから僕は最後まで読んで、結局どういう話だったのかと聞かれたら、うまく答えられない、精神病院で目を覚ました青年がいて、記憶がなくて、そこからいろいろなものが出てきて、過去が出てきて、謎が出てきて、医学が出てきて、因果が出てきて、夢が出てきて、現実が出てきて、そしてその全部が混ざって、最後には僕の頭の中まで混ざってしまった、としか言えない、だからあらすじを書こうとすると嫌になる、書けば書くほど普通の物語になってしまうからだ、『ドグラ・マグラ』は普通の物語になった瞬間に何かを失う、たぶんこの本は「何が起きたのか」を説明するために読むものではなく、「何が起きているのか分からない」という状態そのものを体験するために読むものなのだと思う、だから読みにくい、ものすごく読みにくい、読みにくいということが欠点なのかと言われれば、欠点なのだろう、でも、その欠点を取り除いたら、この本はたぶん『ドグラ・マグラ』ではなくなる、読みやすく整理して、登場人物を分かりやすくして、時系列を整えて、重要なところだけ抜き出して、要点をまとめて、はい、これが『ドグラ・マグラ』です、と差し出されたら、僕はたぶん怒る、そんなにきれいにするな、と言いたくなる、もっと汚しておいてくれ、もっと分からないままにしておいてくれ、もっと僕を迷わせてくれ、そう思ってしまう、そして今こうして『ドグラ・マグラ』について書いている僕自身が、だんだん何を書いているのか分からなくなってきた、これは記事なのか、感想文なのか、書評なのか、ただの読後のうわごとなのか、もうどうでもいい気がしてきた、だって『ドグラ・マグラ』なのだから、きちんと紹介しようとするほうが、むしろ間違っているのではないか、だから最後にひとつだけ言うなら、読んでください、とは言わない、読まないでください、とも言わない、ただ、もし本棚にこの本があって、なんとなく手に取ってしまったのなら、そのときは覚悟したほうがいい、たぶんあなたはページを開く、たぶん少し読む、たぶん分からなくなる、たぶん戻る、たぶんまた読む、そして気がついたときには、あなたは小説を読んでいるのではなく、小説に読まれている、かもしれない、というところまで書いて、僕はいま、最初に何を書こうとしていたのかを完全に忘れてしまった…………

─────『ドグラ・マグラ』の記事は、これでいい。ここまで読んだあなたは、もう、読まずにはいられない。それは、読めば分る。そして、きっと君も、こういうところに着地する。しかしそこは、果てしない沼。

─────もウ1℃、読ミたクなったのnaら、コちラを是ひNi……特ソー版dA____

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